非オタ系汽車旅研究所
Vol.2 夜行列車
 
 鉄道無頓着派は、顧客としてきわめて冷淡だ。
  便利が悪ければ早々離れていく。ここが効率優先でやって穴掘る原因。されど、鉄道オタクの要望に応えても無駄が出る。列車で旅をする上に置いて何が必要かを研究しようと思い、開設したこの研究所。
 今回のテーマは夜行列車。就寝時間に移動して時間の節約ができる利点があるが、問題点も。
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さとみ編>北陸新幹線で旅はどう変わるか>>クルーズトレイン>>夜行バスに負担押し付けるJR>>JR北海道問題が示す鉄道のあり方
 
 
コズ☆シド サイト管理者。趣味の1つ、旅をいかに楽しむかを考え、気まぐれ旅NETを開設。他におもしろい題材はないか考 ともひろ ひとり旅のエキスパート。いかに無駄な努力のない旅を楽しめるか組み立てながら旅を楽しむ。冬はスキー三昧。 みく 遠出はつきあい程度。もっぱら近場の小旅行が多い。興味はむしろ冬のスノーボード?
コズ☆シド 最近減ってきた夜行列車ですが、いい面と悪い面を議論してみよう。
ともひろ とかく中距離旅には不可欠なのが夜行列車で、よく利用してたなぁ。特に九州の旅で「ムーンライト九州」は重宝したな。
みく ただ、年ごとに工夫が必要だとは思うけど。その点、相変わらずのむさ苦しさが残って、睡眠に入れないなどの問題を解決できなかったのは大きい。
コズ☆シド 最近は高速バスがゆったりシートで昔ほどの窮屈さがなくなったのも大きい。以前ならバスより列車の方が遥かに楽だったけど、JRの努力が止まってからは下降線になった面もある。
ともひろ 関西から夜行でいくのは北陸方面だけ。スキー・スノボシーズンは妙高や上越バレーには便利だ。
ただ、九州や山陰・山陽・四国へは足がなくなった。
みく 急行「きたぐに」の普通車はどうにかならないのかなぁ。「シュプール妙高志賀」では特急の普通車の車両使ってたけど。
ともひろ 独特のしんどさがあるから、一般受けしなくなる。そこをどう改善するか。「はまなす」はまだ走ってるし、スキーシーズンぐらいかな。利用価値があるのは。
みく そのスキーシーズンも今は下火になってるんじゃないかな。ボードやる人は車で行くし。
コズ☆シド 今は大量輸送が時代遅れになってるのかも。高速バスにシフトするのも、バスだと1台単位で運行できるから。そうなると山陰だと、鳥取・松江・浜田・益田と各都市に運行できる。列車だと鳥取は早すぎるけど、益田は遅すぎると行った問題も起こるし。
ともひろ 旅の起点を明確にすればいいのじゃないかな。400km〜600kmの夜行列車のインターシティネットワークを作らないと、利用は増えない。そうなると比較的近いところは深夜12時半に出発して、朝6時頃に着くとか。
みく 終電のあとに出発して始発前に到着するのは、旅するには最適なんだけど。
コズ☆シド 今は鉄道に逆風が吹いているので、対策の取りようがないのだろう。ただ、昼間の限界を補完する意味では再生を期待する。
 
 

=夜行列車ちょっとメモ=

急行「きたぐに」

きたぐに号大阪・京都から北陸3県を経由して、新潟県内主要都市に停車、日本海側最大の都市である新潟までを結ぶ。関西圏−新潟間では直通交通手段が航空・高速バス以外に乏しく、これを補完する時間帯で運行されていることから、長距離を通して乗車する客も多く、休日前後や連休期間中は旅行者や帰省者などの利用が多い。
乗車券のほかには割安な急行券のみで長距離を利用できるため、時には自由席が非常に混みあい、繁忙期には寝台・グリーン券の売り切れも生じる。
車両は583系電車を使用しており、車両は既に最低でも車齢35年以上に達しており、一般的な電車としては耐用年数を超えている。しかし583系は、一形式で寝台・座席の両設備、およびそれぞれ2等級(普通車・グリーン車、A寝台・B寝台)が賄える汎用性があり、広範な需要のある「きたぐに」での運用に適している。寝台・座席客車の廃車が年々進行しており、機関車牽引の客車夜行列車の削減も進んでいる現代では、583系を代替できるような車両が存在しないやむを得ない実情がある。「きたぐに」運用向けに保有する583系電車全てについては継続使用可能なように延命N40工事を施工している。

急行「はまなす」

青森 - 札幌間を約7時間30分で連絡し、1日1往復を運行する本州 - 北海道連絡系統で自由席を連結する唯一の定期夜行列車。
14系客車および24系客車を使用し、札幌駅 - 函館駅間はDD51形ディーゼル機関車が牽引、函館駅 - 青森駅間はED79形電気機関車が牽引。
基本編成は7両で、自由席2両、指定席3両、B寝台2両。多客時は最大12両[2]まで増結。8両編成以上で運転される日は自由席車両の連結位置が異なり、自由席車を3両としたり、寝台車を1両増結する対応がなされる場合もある。寝台車を増結する場合、1号車 - 増1号車 - 2号車の順となる。
寝台車2両のうち、1両は24系客車を使用する。2両とも24系客車を使用する場合があり、1号車の前に回送扱の電源供給車として14系客車を連結する。指定席車のうち、5・6号車の2両は「ドリームカー」と称し、改良したグリーン車用リクライニングシートを備える。4号車の1両は横になって就寝できる「カーペットカー」で、5号車寄りに更衣室を設ける。

夜行快速「ムーンライト」

「ムーンライト」を初めて列車愛称に使用したのは、国鉄時代の1986年に新宿駅 - 新潟駅間で、夜行高速バス東京 - 新潟線へ対抗するための試行として運行された団体快速列車で、好成績を収め、翌年からは「ムーンライト」の愛称のまま定期列車に昇格した。これは後に「ムーンライトえちご」となる。
また1988年には、JR西日本が大阪駅 - 広島駅間で臨時夜行快速列車「ムーンライト山陽」を運行開始した。その後、「ムーンライト高知」・「ムーンライト九州」・「ムーンライト松山」など、同社が運行する臨時夜行快速列車の愛称に「ムーンライト」を冠することが広まった。
そして1996年、JR東海が東海道本線の東京駅 - 大垣駅間で“大垣夜行”と呼び親しまれて運行されてきていた夜行普通列車を、車両の老朽化のために特急用車両へ変更し、全車を座席指定席にすることになった。しかし指定席を設けるとなると座席予約システムにおいて列車を識別させるために列車愛称が必要になった。そこで、JR東日本とJR西日本に続いて「ムーンライト」の名を与えることとし、同列車は「ムーンライトながら」となった。これに伴い、単に「ムーンライト」を称していたJR東日本運行の列車は、誤乗・誤発券防止や呼称の使用法を統一する観点から、「ムーンライトえちご」に改称した。
しかし、2009年3月のダイヤ改正にともなって、定期列車の「ムーンライトながら」・「ムーンライトえちご」が多客期のみ運行の臨時列車に格下げとなった。「ムーンライト九州」も運行されなくなり、使用していた客車車両も廃車となった。これによって、残った「ムーンライト」もすべて臨時列車となった。